Silver Cloudへの初乗船

前に記述しましたが、94年ストックホルムで出会ったシルバーシークルーズ社と正式に日本の総代理店契約を完了して1996年の3月の23日から4月の1日までシルバークラウド号の初の中国クルーズに乗船してまいりました。日本の旅行社と雑誌社へのお披露目クルーズを行ってきたのです。 香港から船山島の普陀山、寧波、長家口港、南京、無錫、上海などを巡ってきました。画像
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この写真はシルバーウインドの写真ですが、シルバークラウドと姉妹船でまるっきり同型です。18000トン、296名の乗客、222名のクルーメンバー、イタリーのルファーブル家がオーナーでもと シトマークルーズ社を運営した経験を持つ会社でしたが、満を持して世界のクルーズ業界にオールインクルーシブ制を採用して世界一のクルーズ社を目指して参入したのです。真っ白な船体で部屋は全室スイート様式、チップ、飲み物代も不要というクルーズ界初のすべて込みオールインクルーシブ制を採用したのです。
シルバーシー社、日本での旗揚げ
最初の訪問地の普陀山でのハプニングは船が到着して私たち日本人が港に着いた時、中国人のガイドさんが飛び込んできまして、日本人がいて良かった私日本語しか出来ない英語が出来ないというのです。この島には英語の出来るガイドが足りなくてそれに島が小さいので大型のバスが運行できずマイクロバス数台を利用しそれに英語のガイドを乗せてピストンで島内観光を行うということになっていたのです。

日本人は6人ほどいたのですが外人さんも混合のツアーとなりました。ところが通常であれば英語のガイドとなるのですが、ガイドさんは日本語しか出来ないので日本語でしゃべり始めたのです。ぽかんとした外人さんたち、しょうがないのでつたない英語で私が通訳をする羽目になってしまったのです。難しい仏教の話し日本語でも難しいのに冷や汗をかいてしまいました。ただ観音様とか昔アメリカンスクールの先生方と京都へ数多く旅を経験していたお陰で何とか外人サン達も理解したといって拍手をしてくれてヤレヤレの一日となりました。

船に帰りショアエクスカーションのマネージャーに話しましたが私が冗談を言ってるのだろうと取り合いません。アメリカ人が本当の話だというと目を丸くして驚いていたのがお笑いでした。このバスには現在クルーズ誌の社長の若勢さんも同乗していたのですから彼氏も驚いた一日となってしまったようです。 残りの日々は無錫から太湖での優雅な舟遊び、南京で孫文の廟の中山廟、孔子公園などの観光を楽しみながら、最終地の上海では日本料理店へ船のオフィサー(旧RVLから移動していた)たちを連れて行って酒パーティを開いて再会を祝ったことなどが思い出となりました。、

1996年からはロイヤル バイキング サン号のアドバイザー契約もキュナード側の問題もあり私のほうから断るような状態になりました。RVLのリピーター方もなんと自動的に新しく誕生したシルバーシーに向かっていただくようになりました。RVL船のクルーメンバーもシルバーシー社の船にに移り、私もこの新会社の日本での代表に移動することになったのですが、非常に運が良かったというか多大な問題も無く業務が遂行できたのはラッキーな出発となりました。数多くのスカルド メンバーが幸運にも新会社シルバーシー社に興味を示し始めてくれたのです。

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               左は南京の中山陵 右は 南京の孔子公園 の スナップです
シルバーシーのポリシーとスイートルームはかっての有名船ロイヤル バキング ラインを凌駕する近代的に改善されたものでした。ヴィンテージ類のアルコールの飲み物を除けばフリードリンク、このコンセプトはお客様方に受け入れられたのです。 ICM社はロイヤル クルーズ ラインのクラウン オディッセイ、 ロイヤル オディッセイ、 スターオディッセイ、クイーン オディッセイの4隻とシルバークラウド、シルバーウインドを主体とする販売体制に完全に切り替わったのです。

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