メイデイ

メイデイの忘れられない思い出

海外旅行のカレンダーを調べてみましたら、1977年の4月28日から5月の3日までパリとモスコーに出かけた時のことです。 パリに3日滞在してモスコーに出かけようと空港に出かけてびっくり予約していたエールフランス機が結構とのことを知り交渉の結果、エールフランスがJALに裏書きしてくれて無事モスコーに着きました。

当時ロシアに行くときは前もってインツーリストにホテルと観光の予約を入れないとVISAが取れないことになっており、ホテルの名前も連れて行ってもらうまでわからなかったのです。航空便も変わり、到着時間も変わりどうなる孤島やらと思ったのですが、空港のインツーリストで訳を話してクーポン祖見せるとOKと車を回してくれてホテルへ無事直行出来ました。

ホテルはラッキーにも赤の広場、セントバジリス大聖堂、クレムリンが見える中心地でした。

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ホテルの前に作られた祭典の巨大な人物像、たぶんレーニンなど過去の大統領の肖像画でしょう

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また演奏してるロシア女性はディナー時に演奏してくれていたロシアの民族演奏家たちの写真です

また別のスナップはクレムリン広場のセントバジリス聖堂とクレムリン宮殿をバックにした若き日の私です

この日、後でわかったことなのですが、夕方から、赤の広場に続々と人々が集まって来たのです。延々と続くのです。部屋の窓が広場を見渡すことが出来たので、私たちも外に出てみました。ものすごい人々の数でした。

全然気づかなかった私でしたが、その日が、5月1日のメイデーの日だったのです。

あれほどの大人数を見たのはあの時が最初で最後でした。

ホテルのサービス、現在のロシアはすっかり変わっていますが、当時はチェックインの時も無愛想で、各階にも階段のそばにデスクがあり係員の女性がむっつり顔で座っていたのが思い起こされます。

夕食のときウエイターがセイコーの時計を譲ってくれて何度もお願いされたのですが、ルーブルを交換することが出来ないのでと断ったことも記憶に残っている メイデイ の日でした。

市内観光は他の外国人たちと一緒でしたが、空港とホテル間のトランスファーはプライベートに行ってくれました。贅沢なモスコー滞在の日だったのかもしれません。

きずかずに築かずに予約

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